今時にあって公衆電話を見かけるたび思うこと

スマホや携帯が当然化した現代。そんなイマドキ事情にあってもなお、公衆電話を見かける。駅周りやら道っぱたやらで公衆電話を見かけるたび、「今時使う人いるのかなあ?」と思う。今の時代になってからは公衆使用者をほとんど見かけなくなった。それでもあることはある公衆電話。

スマホ定着した今や、携帯という響きすらちょっと古く聞こえるようになった。その携帯すらなかったひと昔前は、テレホンカードや10円玉で、公衆電話でやり取りしていたわけだ。

家電だと家族に会話内容を聞かれてしまうのが嫌だからと、かつて恋人との電話は夜の公衆電話からかけていた、なんて時代があったのだから。思えば夜公衆電話に行くのってちょっと怖い(汗)。夜の公衆電話ともなれば何かと怖い話に出てくるし、暗い闇の中、一人用スペースしかない電話ボックス内でボヤッと緑やら白やらの光が浮かび上がってるっていう時点ですでにホラーなシチュエーション(汗)。夜に緑の光ひとつとか、ブキミ度2倍増しぐらいの勢いじゃん、ていうか何で緑の光なんかにしたんだろ、とかツッコミたくもなる(笑)。電話=個人的に用があってかけるものだし、かかってくる側には誰からかけられたか分からない不安感とかもあるから、何かと怪談につながる存在なんだろうな。

そんな公衆には、一台ずつ番号が割り振られているらしいことを最近知った。ということはこれが鳴ることもあるってこと?かかってくるとしたらどこから?と考えると、たしかに自分が公衆電話ボックスにいるとき、いきなり電話が鳴ったらちょっと怖いよなと。

ともあれ恋人とつながるため、話しをするために夜でも公衆電話にかけつけていた時代の人たちは半分青春で半分ちょっと怖いなーと思うのだった。10円玉をチャリンチャリンと追加しながら、カードなら減っていく残数を気にしながらの電話、とは何とも青春な感じ。でもほかに手段がないとなると、公衆を使わざるを得なかったわけね。当時の人たちも夜の公衆電話が多少怖いシチュエーションだろうが、恋人のためならそんなこと言ってられないと払拭するのだろうか?とするとやっぱりいつの時代も恋の力は凄いな、という結論に落ち着く(笑)。顔脱毛 脱毛ラボ